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大学で希望のゼミに落ちた時の立ち直り方

2016.4.29

大学のゼミで、希望のゼミの選考から落ちたらショックですよね。

またどうしてもそのゼミで研究したいと考えていれば猶更です。

しかし、落ちたものは仕方ありません。

ここでは立ち直り方について説明します。

大学のゼミに落ちた原因

大学や教授によって、選考基準が違うので一概には言えませんが、少なくとも情報として大学や教授が持っているのは、それまでの成績や取得単位の内容、希望申請書の内容と志望動機や研究テーマ、そして小論文や面接の結果といったところでしょう。

単純に考えれば成績や取得単位の内容は重視されそうです。

どの教授もゼミをするにあたり、少人数という事を考慮すると、あまり成績の悪い人は入れたくないというのが実情でしょう。

ゼミの人の出来がそのまま指導した教授への評価にもなりますので。

また、単位の取得内容も本人が提出している研究テーマとかけ離れていれば、なぜこのゼミを希望したのか疑問に思いますし、指導教授の講義を取れるにもかかわらず、取ってなければ志望動機が本気か疑わしく思われるでしょう。

後は小論文や志望動機に説得力があるか?という点(研究する気もないのにゼミに来ようとしていないか?)と、面接した時の立ち振る舞いやマナーなども考慮されるでしょう。

もし希望のゼミに入れなかったとしたら、その何かに原因があるのです。

大学の希望のゼミに落ちたとしたら

ゼミに限らず、選考の漏れて落ちるというのはとても落ち込みます。

何となく人格自体否定されて、自分が誰にも必要とされない人間なのではと疑いたくなります。

希望のゼミに落ちたとしたら何が原因かと知りたくなりますね。

希望のゼミの教授に聞けば答えてくれるかもしれません。

仮に勇気を出して聞いたら、この気持ちはなくなると思いますか?
残念ながら無くなりません。

原因が何であれ、それが落ち込む理由になります。

もし成績が原因であれば、「どうして自分はもっと勉強しなかったんだろう」と悔やみ、面接での態度や言動が問題であれば、それこそ人格否定されたような気持がするでしょう。

仮に「もう少しで君も入れそうだったけど、今年は優秀な子が多くて…」と言われれば、もう少しという言葉に口惜しさを覚え、「残念ながらレベルに達してなかった」と言われれば、他の人間より自分は劣っていると考えるでしょう。

つまり、ゼミを落ちた原因を聞いても、立ち直れません。

大学の希望のゼミに落ちたとしても

まずは「自分はダメな人間ではない」事を自覚しましょう。

選考基準は不明ですが、受かった人と落ちた人を隔てていたのは、本当にちょっとした違いなのかもしれません。

例えば希望者が横並びの場合、面接で感じが良かった、研究テーマが指導教授のゼミと合致してたなど。

もしあなたが希望する研究テーマが教授のところだけしか学べないとしても、あなたがそう考えているだけで、教授は志望動機や小論文等からその必要性を読み取れなかったのかもしれません。

そして変わらない事実は「希望のゼミに落ちた」という事。

しかし、その事実も上書きはできます。

つまり、落ちた後に自分がどう行動したかです。

ただ、泣きながら落ち込んでいたとしても何も解決しません。

別のゼミに入ったら、そのゼミが以外なほど相性が良くて、生涯の恩師と巡り合えるかもしれません。

もしかしたら、ゼミの落ちたのを契機に必死で勉強して、別の研究テーマで認められるようになるかもしれません。

そうした時点で過去を振り返ると、「あのゼミに落ちて良かった」と思えるようになります。

黒歴史の上書き完了です。

希望のゼミに落ちた時の立ち直り方

具体的には、そのゼミが再度応募可能なら再チャレンジです。

それが難しい場合は、別のゼミを検討しなくてはいけません。

仮に、研究テーマ以外の目的でゼミを選択したのであれば、全く同条件というのは難しいですが、それに似た条件のゼミを探しましょう。

問題が、その教授に指導されたい、もしくは自分がやりたい研究テーマがそのゼミでしかできない場合です。

でもそれもひとつの考え方があります。

ほとんどの場合は、ゼミに入るのが必須事項だと思うので、どこかのゼミに所属しましょう。

そこでも何か研究テーマを探して、研究をします。

そして、その他その自分がしたい研究のテーマを自力で進めるのです。

もちろん、学生一人の力では難しいでしょう。

わからないときは、希望するゼミの教授に質問するのです。

質問をするのは、ゼミに所属しなくてもできます。

どうしても、その教授に指導されたい、自分の研究テーマをやりたいのであれば、これくらいの心意気が必要です。

落ちたゼミは「酸っぱい葡萄」ではない

以上、ご説明した立ち直り方は如何でしょうか?考え方ひとつで色々可能性が出てくると思います。

ただ決してしてはいけないのが、落ちたゼミに関する批判です。

「あのゼミは、本当は良くないらしい」「あんなゼミに入らなくてよかった」と考えることです。

こういう心理を、心理学ではイソップの物語を例に上げて説明しています。

きつねが川をのぞき込んで、映った自分を見て、自分の銜えていた葡萄よりも大きく見えたので、それを取ろうとしたところ、銜えていた葡萄が落ちて流されてしまいました。

結果葡萄を失ったキツネは「あの葡萄は酸っぱかったに違いない」と言うのですが、自分の心の整理の仕方としてはありですが、これですと苦い記憶として残ってしまいます。

そうではなく、「落ちたゼミは悪いゼミなので行かなくてよかった」と考えるのでなく、「あの時ゼミに落ちたけど、他の選択肢ができて、その結果いいことが起こった」と考えるべきです。

そうすれば落ちた記憶は苦い記憶ではなく、「当時はつらかったけど、自分にはいい経験になった」と捉えられるように努力すべきです。

落ち込んでいる暇はありません。

是非とも頑張ってください。

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